「日本の、私の娘」と紹介してくれたホストファミリー|高校2年生、2週間オーストラリア トゥージェイへの短期留学日記

オーストラリア トゥージェイ 家
目次

一目惚れしたオーストラリア|どこまでも広がる自然と空の写真


高校生の時、私の行っていた高校は一学年が4クラス。
そのうちの1クラスは、外国語コース。
海外の文化や事情、言葉の授業が多いクラスがありました。
  

私は、数学の授業が少ないのと
海外が好きという理由で外国語コースのクラスを受験し、合格しました。


その高校に入って1ヶ月後に行われた短期留学の説明会。

特に興味があったわけではなく、
英語が得意ではない私にはむしろ縁がないくらいに思ってました。


だけど
プロジェクターに映し出されたオーストラリアの写真を見て
広い大地と、森、どこまで続いていそうな空。
 

街並みは自然に囲まれていて
写真からでも、穏やかな暖かさが伝わってくる。


私はオーストラリアに、一目惚れしました。


ここに行きたい!


気がつくと私は、その場で用意されていた資料のメモに
短期留学にかかる費用42万円を
現実的に稼いで貯めることができるか計算していました。

当時始めたばかりのアルバイト、
びっくり寿司(回転寿司)の時給は850円。
週4回勤務で一回の労働時間は17:00〜21:30までで4.5時間。


時給850×4.5時間=3825円
1ヶ月に約16日勤務として
3825円×16=61200円
 

自分の毎月のお小遣いとして1万円確保したと仮定して
テスト期間中は休むことも考えて、
少し少なめの貯金だとしても毎月4万円は確実に貯金できる。


短期留学の支払いが1年後でも大丈夫であれば
4万円×12ヶ月=48万円

当時、高校1年生の5月。
短期留学の日程は高校2年生の夏休みに2週間。


いける。
少なく見積もっても1年あれば貯められる金額だ。


親に出してもらわないの?と友達に聞かれましたが
私の家は母子家庭。お金はありません。


親にお金を出してもらう選択肢が初めからなかった私は
自分で費用を貯めていくことを、すぐに決めました。

説明会の教室を出る時には、
先生に支払いをいつまでにすればいいのか確認しました。
 


すぐに支払う必要があったらアウト。
ドキドキと緊張して、うまく息ができていた記憶がありません。



「支払いは来年の春くらいで大丈夫だよ」

先生から明るい笑顔で回答。


私は心の中でガッツポーズをしました。
本当はよっしゃーー!と教室で叫びたかったくらいです。


家に帰っても落ち着きません。
母親が仕事から帰ってきたらすぐに


「自分でアルバイトでお金を貯めていくから、
オーストラリアの短期留学に行きたい」と話し
了承を得ました。


その日から1年2ヶ月後の7月。

高校2年生の夏休みに
無事、オーストラリアの短期留学に行くことができました。


1年2ヶ月のアルバイト生活で稼いだお金は92万円。
土日に多めに勤務したり、頑張った甲斐があって
目標額は大きくクリア。


オーストラリアに行く前には
新品のキャノンのカメラを購入して
フィルムもたくさん持っていくことができました。


アルバイトの時の話はこちら

オーストラリア短期留学|ホームステイ先のToodyay(トゥージェイ)へ

短期留学の場所は
オーストラリアのパースから車で1時間ほど行った先にある
Toodyay(トゥージェイ)という田舎町。

オーストラリア 全体マップ

一番左下の方の赤いマークがパース

オーストラリア Toodyay トゥージェイ

赤く囲われているのがホームステイ先のToodyay(トゥージェイ)

少しうろ覚えですが、飛行機で日本から約12時間。長旅でした。
こんな長時間椅子に座り続ける経験もなかったので
睡眠もとっていたとはいえ体が疲れてバッキバキに。 


飛行機から降りた時はものすごく開放感を感じて
猫のように思いっきり伸びーーーっとしました。



オーストラリアにたどり着くまでの長旅で
アルバイト以外でも、色んな準備をしてきた事を思い出します。


授業が終わった放課後
オーストラリアの文化の勉強や英語の勉強をした日々。

放課後の勉強で、アルバイトの時間が迫ってきたので
家に帰る暇もなく
制服でバイト先に行ったことも。


オーストラリアの現地で交流する学校の子供達に教える
折り紙の練習もしました。
カンガルーの折り方も習いましたが、難しすぎて誰1人覚えられず。


ホームステイ先の家族は、現地に行く前から決定していて
家族の写真と手紙をもらいました。 


手紙のやり取りをしていたとはいえ、
会うのが初めてで緊張とドキドキで
気持ちは高鳴ります。

オーストラリア 短期留学先 ホストファミリー

お世話になったホストファミリー。右はお母さんのMum(マム)のサラ。真ん中の女の子はキャシー(9歳)。男性と赤ちゃんは友人。

オーストラリアに着くと
さらにバスでパースの空港から1時間ほどかけて
ホストファミリーとお世話になる学校があるトゥージェイに向かいました。


いよいよだ。
 



お世話になる学校に着くと、現地のコーディネーターのダイアンが
家族を紹介してくれました。
 

写真で見ていた美人のママと可愛い娘さんが
出迎えてくれました。


「nice to meet you(初めまして)」
緊張していましたが、笑顔の家族にホッとしました。
学校から、お世話になる家族のお家に向かいます。



私がお世話になったホストファミリーは
私と同じ、母子家庭のお家。


お家でホストファミリーとはじめに交わした会話は
「我が家はお父さんがいないんだ」と
少し寂しそうな笑顔での自己紹介。



「(お父さんがいないのは)私も同じ」
そう答えました。


どうやってホストファミリーが決まったのかは
分からなかったのですが
もしかして、この家族は同じ境遇だったから
私を迎え入れてくれたのかも?
 


ホストファミリーの子供のキャシーとは
母子家庭という同じ境遇もあってか
すぐに打ち解けて仲良しになりました。
 


写真で見た彼女はすごく大人びて見えましたが、
年相応の可愛い女の子。
 


すごく懐いてくれて、
学校で授業の後に会うといつもハグしてくれたのを覚えています。



ホームステイ先の2週間お世話になったお家は、
隣の家が見えないくらいの大自然の中。

オーストラリア トゥージェイ 大自然 ホストファミリーの家

 

私が一目惚れした
大きく広がる自然と大地、空が見えました。
 

びっくりしたのは、
家の目の前にカンガルーの巣があったこと。

オーストラリア トゥージェイ カンガルーの巣


カ、カンガルーって
あんな盗賊の住処のような岩山に住んでるの!?
目で見える距離に家があるけど大丈夫なの?と
驚きました。


一匹、二匹どころではなく
数十匹にも及ぶ野性のカンガルー。


肉眼で見える距離で
ぴょんぴょん飛び回っていました。


野性の羊達も、
メーメー言いながら集団で移動。

こんなに羊がいたら、触れるかなと
ひつじの群れを追いかけたのですが
羊はメーメーと声を上げながらすごいスピードで移動。
全く追いつけませんでした。


羊って、足早いんだ。


これが、オーストラリア。
私はもう何に驚いたらいいかわかりません。

オーストラリア トゥージェイ 家の前の風景

家の目の前の風景。他の家が見えない。電線すら見えない空がどこまでも広がっている。


そんな大自然の中なので感動したのは夜に見える星空です。


星が驚くほどよく見えて
人生で初めて、天の川をみました。


「milky way?(天の川?)」と聞くと
コクンと笑顔で頷くマム。


あまりに星が綺麗すぎて感動した私は、
寒くても外にいてずっと星を見ていました。


「あー寒い寒い!」と
凍える動作で体をさすりながら
マムはすぐさまおうちに入り


「何してるの?早くおうち入りなさい!」と
呼ばれました。


ここに住む人にとっては
こんなに綺麗な星空が当たり前なんだ。


今でもこの星空以上に綺麗な星を
私は見たことがありません。


私はマムに呼ばれてもしばらく、星を見ていました。


そしてしばらくしてもう一度マムに呼ばれた時
仕方なく家の中に入りました。

ホストファミリーとの日々|教えてくれた秘密の場所


滞在して数日経ったある日の朝、
キャシーが私をお気に入りの
場所に連れて行ってくれました。

家の裏の小さな山道を登ると
大きな岩があり、
そこに腰掛けると
お家全体と景色が見渡せました。


カメラ、持ってくればよかったな。
そう思うくらい、風が優しく吹いて穏やかな良い場所でした。

背中合わせで私とキャシーは岩に座り
しばらくぼんやり。


2人とも何も喋らない時間が続いたけれど
全く苦に感じない時間。


その時ふいに。
彼女の寂しさが背中から伝わってきました。
 


片親の寂しさをお互いが知っている。
その、抱えた寂しさを
同じものを持ってるもの同士だから
理解できた気がしました。
 



言葉は何も交わさなかったけれど
私たちはその数分間で確かに分かり合いました。


「私とキャシーは、同じなんだな」


私がその時思ったことは、
キャシーも思っていたように感じます。

天真爛漫に笑うキャシーを
妹のように思うようになり
残りの日数を過ごしました。

オーストラリア ホストファミリー

笑顔満開のキャシー!

オーストラリア トゥージェイ ホームステイ先の子供と馬

お家で一緒に暮らしていたポニー。馬が大好きなキャシーの将来の夢はホースライダー!と教えてくれました。


学校がお休みの土日
家族はピクニック、動物園、歴史がある場所に連れて行ってくれました。

オーストラリア 家族写真

親戚の子供も一緒に動物園に。別れ側、こんな顔しながらほっぺにチューしてくれた可愛いベイビー。

オーストラリア 動物園

動物園の動物は、のびのびと自由に過ごしていたし、距離が近かった。

フリーマントル戦争記念碑(Fremantle War Memorial)  フリーマントル・ラウンドハウス(The Round House)

連れて行ってもらった当初は英語が聞き取りきれずに
分からなかった、モニュメント・ヒルという丘の頂上に立つ、
第一次世界大戦の戦没者を追悼する慰霊碑と


フリーマントル・ラウンドハウス
西オーストラリア州に現存する最古の公共建築物(元刑務所)のデッキ。
海を背景に古い大砲(キャノン)が設置されていました。


マムの友人のジムという男性は、
オーストラリアと日本の緯度と軽度の違いや、
資料館で歴史を教えてくれました。 


全部は聞き取れなかったけど
一生懸命伝えてくれたのが嬉しかったです。

ありお休みの日に行ったピクニックでは
とても人が通れるとは思えない
自分と同じ背丈の草が生える道を進みました。


手の先まで伸ばした服の袖で肌を守りながら
草をかき分けて進んだのが今では良い思い出です。


道の途中では
舌の青いトカゲも見ました。

オーストラリア 森 家族写真

大きすぎて何かわからないものとパシャリ。


1時間ほど歩いた先の
大きな木の幹に腰掛けながら
マムが作ってくれチーズだけが挟まったシンプルで美味しいサンドイッチを食べました。

オーストラリア 森 散策

いつも結んでいる髪の毛を下ろすと大人っぽいキャシー

オーストラリアの食事と気候と文化

「日本人はお箸使うんでしょ?」と

ある日の夕食でお箸を差し出されましたが、
お米が半生のシャバシャバ状態。
カレーをお箸で食べると思われているようなものです。


お箸で食べることを期待されている感じがして
スプーンくださいが言い出せず、
頑張ってお箸で完食しました。


オーストラリアでは
お米をしっかり目に炊く家庭と
半生で炊く過程があると教えてもらいました。


私が滞在したのは、
シャバシャバ派のお家でした。
 

お肉とアイスがオーストラリアの方は好きで
大家族の家ではすごい量のご飯が出ると聞いていましたが、
母子家庭の我が家は平和な量で助かりました。
 
お肉が美味しくて、
さすが、オーストラリア。


オー氏とラリアは雨が少なくて、貯めておけるお水が少ないので
食器は基本特殊な洗剤につけ置きで汚れを落として
あとは自然乾燥。極力お水は使ってないのが印象的です。


じゃあ、お風呂は?というと
タンクにお湯が溜まったら使える状態で
5分以上シャワーを使うとすぐお水になります。


またタンクのお水がお湯になるまである程度の時間
待たないとなので
なるべく早く全てを済ませてすぐにお風呂を出ます。


2、3日に1回お風呂に入る感じでした。
お風呂の時間が平均5分なのは、普通みたいでした。

滞在中に雨が降る時もありますが、
すぐに止んでカラッと晴れるので
傘を持ってる人すら見ませんでした。

偶然にも
ホームステイ先では親戚の子供のお誕生日で
パーティーが開かれました。
(もしかしたら、滞在中にあえて開催してくれたのかも) 



ハッピバースデーの曲が終わって
ローソクの火が消えると
子供達が一斉に
「きゃーーーーーーーーーーーーーー!!」と
大歓声。

本当に叫ぶんだ。映画の中でしか見たことないよと
びっくり。

その後、集まったメンバーの中にいた
マダム2人に、日本について色々質問されました。

英語で全部は聞き取れないものの
なんとなく口調は日本のおばちゃんと変わりませんでした。

「ねーねー?日本のこれってほんとのあの?
これってなに?」



色々質問してくれる中で
おばちゃんという生き物は世界共通なのかもしれないと
感じました。

言葉が通じないかもと
緊張していたのがバカらしく感じるほど
同じ人間なんだなと感じさせてもらえた出来事です。


私は日本から
浅草で買った扇子、紙風船などをお土産に持っていきました。


インスタント味噌汁も持って行ったのですが
泥水のように見えたようで
どちらかといえば不評。

オーストラリアの学校生活

一緒に行った学校の生徒は10数人ほどと英語の先生2人。
現地での案内役のダイアン。
学校ではいつも行動を共にしました。


平日はオーストラリアの学校に
それぞれのホームステイ先から一緒に通い
土日はそれぞれの家族と過ごす。

土日は
日本語を使うタイミングがあまりありません。

オーストラリア トゥージェイ 街並み

自然が街の中でも多い。

学校では日本語の授業があり
私たちはお互いの文化を知ろうと
それぞれの国の料理を一緒に作ったり
折り紙を教えたりして過ごしました。

日本で教わったカンガルーの折り方は難易度が高くて
誰も覚えられず
私は担当したテーブルで
「ヒューマン(やっこさん)、フラワー(アサガオ)、エアプレイン(紙飛行機)
チョイス!(どれがいい?」と


小さな子供たちに聞くと、男の子には紙飛行機が人気で
笑って楽しそうに飛ばしていました。 

上手く折れない。紙が切れてしまった。
うっと泣きそうな女の子もいましたが
大丈夫だよ!と言いながら、やっこさんが折れた時は
満面の笑み。

付き添いのダイアンに
「グットティーチャー!」と
褒められたのは、嬉しかったです。



学校の他にも、いろんな場所に
連れて行ってもらいました。




特に印象深かったのは、自然公園で
案内してくれたブライアン。


楽しくて、強烈なガイドでした。

「皆さーん!ここから先に行った後は
出てきた時に指の数を確認してくださーい!」



満面の笑顔。


日本語でガイドしてくれているのが
楽しいけど余計に怖い!

私たちは森の公園を歩きブライアンについて行くしかありません。
細い木が何本も続く道で

「皆さーん。木の上をよーく見てくださいーい。
コアラがいまーす!」



コアラ!?

私たちは期待に胸を膨らませ
え、どこ?どこ?としばらく
木の上をキョロキョロしながら探します。



その数秒後にブライアンは言いました。

「ウソでーす」

背中越しで見えなかったけれど、
絶対に満面の笑みです。


よく考えたら、あんな細い木にコアラが
いるはずが無い事なんて分かるのに。
私たちは悔しいけれど、翻弄されました。
完全にブライアンのペースです。
 

結果、その後に会えたコアラ、
ウォンバット、エミュー、アルパカ、カンガルーよりも。
印象に残っている生き物はブライアンでした。


オーストラリア  コアラ

ちゃんと会えたコアラ。可愛い。


別の日に訪れたのは地元の老人ホーム。
一緒にゲームをして交流した後に
お茶をご馳走になりました。
  



緊張しながら英語で
一緒に過ごせた事のお礼を伝えました。
 



頑張って勉強したとはいえ
カタコトの英語。
緊張で何を喋ったか覚えていません。


帰り際に、
綺麗な白髪に真っ赤な口紅をさしたおばあちゃんから
ぶっちゅーーーーとほっぺに熱烈なキス。

わあ、海外って感じがする。

みんな笑顔でバスに乗る私たちを見送ってくれました。

 

その後、
・羊の毛刈りを目の前で見学
・ラベンダー畑を訪問
・オーストラリアの人が大好きな
アイスクリームの工場を見学
・大自然の中で小麦粉を丸めただけのパンを焼いて食べる
・カンガルー、エミュー、ラクダなど動物との触れ合いと見学
盛りだくさんでした。


学校にも行きながらなので
あっという間に日々は過ぎて行きます。


最終日が近づく頃には、
みんなオーストラリアから帰りたくなくなっていました。


オーストラリア トゥージェイ 夕方の景色

お家の外から撮った景色。

オーストラリア トゥージェイ エミューに餌やり

怖がって誰も餌やりに参加しなかったエミューのエサやり。手のひらのお肉ごとついばむ勢いで食べていた。
全く怖がらずに近づいていた私。この時あだ名が女性のムツゴロウさんになった。

オーストラリア トゥージェイ 鳥と友達

鳥の距離がゼロ距離。写真撮られ慣れていない表情に困った私。

オーストラリア トゥージェイ ロバ

すんごい顔してきたロバ

オーストラリア 木の実

見たこともない木の実。娘のあかりが見たら喜ぶだろうな。

オーストラリアで感じた日本との違いと、同じだったこと

雨が少なく、
お風呂に入る時間が1人5分くらいと短いのが印象的で
雨はスコールのようにすぐ降っても止んでしまいます。

 

日本が夏の時、オーストラリアは冬。
 


自然が多いからか
バーベキューをすることが多かったのですが、
お肉や野菜をがっつり焼く!というのではなく
ソーセージを焼いてパンに挟んで食べる。
そんなバーベキューです。

 


お米を食べるお家もあるけれど
しっかり柔らかく炊く過程と
半生で芯が残るくらいに炊く過程が半々。

 

私のホームステイ先は半生でした。
半生ライスに、野菜とお肉の細切れ炒めが乗った
お料理を食べる時
 




学校で作ったお好み焼きは、
みんな喜んで食べてくれていました。

オーストラリア最終日と前夜

みんなで通った学校で
最終日は浴衣を着ながらお別れ会。

 

お別れ会が終わったら
すぐさまマムが
「さあ、急いで!行くわよ!」と足早に車へ。

オーストラリア トゥージェイ 学校にて

学校でのお別れ会。マムとキャシーと。「ママ美人だね!」ど同級生に言われて私がなんだか嬉しかった。

車でどこに行くのかも分からず。
浴衣から服に着替える隙もありませんでした。

そして到着すると。
一緒に過ごしたメンバーがお別れ会のバーベキューの
準備をして待っててくれたのです。

オーストラリア トゥージェイ お別れ会


浴衣で寒かったけれど、気持ちがそれ以上にあったまる素敵な食事会。

マムはみんなに私のことを
「日本の、私の娘」と紹介してくれて
すごく嬉しかったです。

その夜は、
2週間家族として過ごした日々を思い出しました。

夕飯の後に観たサバイバーのテレビ番組。

お誕生会の時にみんなで見たディズニー映画。

食後に食べたアイスクリーム。

パンと、テーブルにある小さいリンゴをかじる朝ごはん。 



マムが学校に行く時に作ってくれたチーズが挟まったパンに、
青いヨーグルト、殻付きのピーナッツ、
ベトベトの甘いヌガーのようなお菓子が入ったお弁当。

部屋でキャシーとお絵描きして、
私にピタッと寄りかかりながら嬉しそうに
その絵を眺めていたキャシーの体温と横顔。

家族が連れて行ってくれた動物園や
週末にのんびりサンドイッチを食べた自然公園。

オーストラリア 動物園 お昼寝中の動物

オーストラリアの動物園。動物との距離が近かった。

お家で飼っていたポニーと一匹の羊の姿。



運転中に車の前に飛び出してきたカンガルーと
お家の猫。



車の中で羊が道から移動するのを待った時間。



マムの結婚式時の幸せな瞬間のビデオをみんなで見た時間。

気づいたら、
よその家にホームステイした思い出というより
家族の思い出になっていました。

あの時確かに、私は家族の一員にしてもらっていました。


そして翌朝。
なんだか不思議なことがありました。

帰る日って、
お別れの空気感が滲むんでしょうか。
普段はいない鳥が家の軒先に泊まって並んでこちらを見ていたんです。

オーストラリア トゥージェイ 家の軒先の鳥


普段はバラバラに動いて
ちっとも一緒に写真を撮らせてくれなかったお家の羊とポニーが
二匹並んでじっとこちらを見ていたんです。

オーストラリア トゥージェイ 羊とポニー

ずっと一緒に過ごした羊とポニー

この日の朝の感覚は、
今でも覚えています。

家族で学校に向かい
学校から出るバスにみんな乗って
空港のある街に向かいます。

本当にお別れの時間です。



学校ではそれぞれが家族との別れを惜しみ
キャシーは私がバスに乗るギリギリまで
私にくっついていました。

そして、学校の生徒の小さい子が
私にプレゼントをくれました。
ねんどで作ったてんとう虫。

私が折り紙を教えたテーブルに
いた女の子。
お別れの日に間に合うように作ってくれていたようです。

他の子ももらっているのかと
思ったら、私だけ。
短期間で、こんなに慕ってくれたことに
感動しました。
今でも宝物にしてます。


バスに乗って、みんなとさよならした時。
窓の外に目を向けると
ギリギリまで笑顔だったキャシーが
笑いながら泣いていました。

キャシーが泣いてる。

私はすぐに駆け寄ってハグしてあげたかったけど
もうバスは動き出していました。

バスの中はしばらく、
お別れの余韻で寂しい空気が流れました。


バスで1時間。
Toodyay(トゥージェイ)からパースの街に到着する頃には
寂しさは残るものの、
近くの海の砂浜ではしゃいだり
パースの街を散策したりして
飛行機の時間を待ちました。

オーストラリア パースの海



オーストラリア  パースの街並み

のんびりとした時間が流れる街。みんないい人ばかりでした。


飛行機に乗った時には夜。
翌朝には日本に到着。
私たちは日本の日常に戻りました。

オーストラリアから日本へ 飛行機の窓から見た景色



日本に帰った後も、
オーストラリアの家族とは
何度かやりとりをしました。

マムからの手紙には
家族の大切な話が書いてありました。

母子家庭になった理由です。

マムはオーストラリアのホスピスで働いていて
そのホスピスに自分の旦那さんが入院してきたこと。
自分の旦那さんを見送ったこと。

どれほど辛かっただろう。
私は、マムが私が家族だから
話してくれたんだなと感じました。

そして二度目の手紙くらいだったと思います。
キャシーから
興奮で読めないくらいの字で書かれた手紙が届いたんです。

「ねえ!ジムって覚えてる?お家に来てくれてた人!
この前驚くことが起こったの!!
ジムがね、ママにプロポーズしたんだよ!!!」 



ジムは、マムからは友人と紹介されていた薬学者の男性で
私に日本とオーストラリアの緯度と経度の違いを英語で教えてくれた男性。
動物園にも一緒に連れてってくれて、キャシーのこともすごく大切に
可愛がっていました。

私まで、嬉しくなる手紙。



そしてマムからは
結婚するから引っ越しをするけれど
あなたの部屋は用意しておくから、いつでも来てねという手紙が
ありました。
 



今でも。
オーストラリアの家族は元気かなと
時々思い出します。


出会った時のキャシーの年齢と
今のあかりが同じくらい。


いつかまた、日本の家族とオーストラリアに行きたいです。


オーストラリア トゥージェイ 学校の子にもらった宝物

今も部屋に飾ってあるもらった、粘土のてんとう虫。

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吉田優子(ナンシー)

オーストラリア トゥージェイ 家

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