ナンシーの履歴書③|ナンシーの名前の由来と独立の話

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ナンシーの名前の由来|旦那との出会い

5年半ほど勤めた関東でのReRaKuのお店。
川口から品川店に移動して一年後くらいに出会った女性スタッフに
出会ってすぐに言われました。


「ナンシーっぽいから、ナンシーね!」


私は訳がわからなかったのですが
「う、うん」と返事をしました。


覚えてもらいやすいし、
せっかく名付けてもらったあだ名だしと気に入って
今でもナンシーと名乗っています。


名付けてくれた人と働いた話はこちら

私は最終的にはReRaKuでアルバイトとして勤め、
辞める1年前に同時並行で戸越銀座にあるタイ古式のお店「ざもみ」で
働いていました。

タイ古式に興味があったけれど、
講習に通うお金がなく
働きながら学べるとことがないかと探して出会いました。


ざもみでは月に4、5回働きながら
タイ古式を教えてもらいました。

お店は忙しい時は朝から晩まで施術をしていましたが、
そうでない時はゆったりな時間が流れ、
力のぬき方を教えてもらった場所でもあります。

今の旦那と出会ったのもこのお店で
後輩として入ってきました。
年上の後輩。あだ名はおじさまにしようと思い
提案しましたが
「龍太で!」と力強く断られたのを覚えています。

後に龍太さんはざもみスタッフの間で
「この前吉田さんがね」
「あ、俺もこの前さ、、、」
「実は私もこんなことが」

そんなふうに居酒屋で数時間語れるぐらいの人物に
なっていました。色んな意味で話題が絶えませんでした。
けれど不思議と悪口ではなく、
「吉田さんは最高ってことですよね」

かんっ。

そうしてグラスで乾杯して会話が終わるような
なんとも憎めない人柄の人でした。
 

独立の話|やる後悔と、やらない後悔


掛け持ちで仕事をしている当時
周りのスタッフが
個人で独立を考えていました。
そう考える人も少なくなく、
チームで働くことが好きだった当時の私には衝撃でした。


同時に。
人によっては、
「この人このまま独立したら失敗するんじゃないかな?」と
言葉にはうまくできない直感めいた感情がありましたが、


独立して仕事したことがない自分の言葉には
なんの説得力もないよなと思い沈黙していました。


そんなことを思っている時に
私は異業種交流会で偶然、
個人の独立をコンサルしている人と出会いました。
 

話せば話すほど
私はその独立の知識が欲しくなりました。
 

独立の知識や考え方が分かれば、
失敗しそうな人を助けられるんじゃないかな?


ぱっと見。
異業種交流会で出会った人に紹介された
コンサルの人。
怪しさ抜群です。

コンサルを受けてみようと思うと話した
セラピストの友人にも、当時止められました。
コンサルの費用が当時6ヶ月で50万円。
大金です。

 

一度は断ろうと思いました。けれど、
「やる後悔もあるけれど、やらない後悔もある」

私はどうしても知識が欲しくて
コンサルを受ける決意をしました。

個人で何かしようだなんて
全く思っていなかったのにです。

無知だからこそできた無茶だったと思います。

コンサルを受け始めてから
一番勉強になるのは自分で仕事をしてみることだということになり
流れで個人での施術をスタートすることに。

今思えば、そりゃそうだよねな話なのですが
当時は知識だけ欲しかったので
独立する気が全くなかったんです。


目まぐるしいスピードで、
私の環境は良くも悪くも変化していきました。

 

誰の、
なんの、
お役に立ちたい?

いつまでに
どうなりたい?


独立するにあたって
一番初めに聞かれたことです。

私はその答えをすぐには出せませんでした。
 

「何をやるかよりも大切なのは、
“なぜ”やるかだよ」

技術的なことよりも
ずっと問われ続け教わったのは考え方。


私は何度も考えすぎて吐きそうになり、
最終的には吐きました。
 

そこまで体調を崩していた時に、
これなら食べれるんじゃないかとヨーグルトを買ってくれたり、
途中まで帰るのを送ってくれたのは今の旦那でした。

この時、個人で施術をするにあたって
2つの仕事を掛け持ちしながら
モニターの施術を2ヶ月で30名以上受けていて
パンク寸前。

同時に。
初めての一人暮らしをはじめるために引越し。
ドタバタでした。

かなり限界の状況を見かねて
品川の店長に
「一回立ち止まってみらた?」と
声をかけてもらえたことと

同じコンサルを受け始めた同期の女の子に
自分の辛さを話した時に
「わかる」と受け入れてもらえたこと。

この二つの出来事が、私を落ち着かせてくれました。

「失敗するか成功するかわからないけれど、
やれるだけやってみよう」

そう思い、独立に向けてスタートできました。

モニターをやってみてわかったこと


私の施術を個人で独立した時に
受けたい人がいるんだろうか?

私にはわからなかったけれど
大丈夫だよて背中を押してくれたのは
モニター施術を受けてくれた友人と知人、
紹介で初めて出会った人たちでした。

自分が思っていた以上に、
施術を受けて書いてもらったアンケートが良かったことと
「お店開いたら教えてね!」という言葉でした。

その言葉は社交辞令ではなく、本物で
モニターを受けてくれた7割の人がお客さんになってくれたのです。

 
モニターをしていく中で、
結果が思うように出ない場面もありました。

それは
人の家に出張に行き
少し散らかった場所で施術をした時です。

自分の施術のパフォーマンスを出しやすい環境を
自分で作らないとダメなんだと
大きな気づきでした。


引っ越した先で
個人で施術を始めるときに
どうしたら施術がしやすい?
どんなふうに環境を整えたらいい?
それをとことん考えました。

アメニティをおいた方がいいんじゃない?
カーテンは風を通さないものがいいよ。
この立地ではよくないかな。
こうした方がいい、ああした方がいい。

みんな親切心からアドバイスをくれました。
 

採用できるものと、できないものがありました。

一番大事にしたのは
私がパフォーマンスを発揮しやすい環境を作ろう。
それが一番お客様に多くのものを提供できる。

そう信じて準備しました。

結果として。
勤めていた時の日数より少ない日数で
勤めていた時の収入を超えました。
 

独立して自分で施術をする時には
「自分で決断して行動する」ことが
大事なんだと気づいた出来事です。

当時の一人暮らしの家での施術場所。当時31歳。若い。

その後。
私の一人暮らしが6ヶ月で終了すると同時に
個人での施術が4ヶ月も経たないうちに一旦終了。

今の旦那との結婚が決まり、
奈良に引っ越すことになったからです。


当時一緒に働いていたメンバー、
前の職場のセラピストの友人たち、
施術を受けに来てくれていたお客様、
驚きつつも祝福してくれました。


ReRaKuメンバーが開いてくれた結婚祝いパーティー。旦那は参加できなかったのですが、
いつか恩返ししたいと言ってくれています。

戸越銀座のざもみの当時のメンバー。
結婚が決まった時、店長が
「吉田さんのこと、殺そうかと思ったけど、ナンシーが幸せそうだからいいかなって思った」と
言っていたのが印象的。愛を感じました。

奈良に行ってからのお話は、また次回。

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